こんにちは。熊谷深谷霊園 石材部の丸山です。

前回に引き続き、今回も最澄について書かせていただきます。

やがて最澄は平安京へ遷都した桓武天皇に出会います。桓武天皇は世俗化した

南都六宗の僧に辟易していたので、最澄の清廉な姿勢を鮮明に感じたといいます。

これが契機となり804年、最澄は遣唐使として唐に渡ることになりました。

同じ船団に、真言宗開祖となる空海がいました。最澄は天台教学を学んで奥義と大乗菩薩戒を

授かり、禅と密教も視察して8カ月半後に帰国しました。