こんにちは。熊谷深谷霊園 石材部の丸山です。

前回に引き続き、今回も法然について書かせて頂きます。

南都六宗や天台・真言宗の反発は厳しく、朝廷に布教の禁止を求めました。

さらに後鳥羽上皇が寵愛する女官2人が、弟子の安楽房、住蓮房の法話に

感銘し、その夜のうちに髪をおろして出家したことが、密通の嫌疑を招きます。

弟子2人は死罪、法然は還俗させられ、四国へ流罪となりました。