胃ろうと延命
こんにちは、熊谷墓園石材部の齋藤です。今日は以前私が知り合ったあるお客様の話をします。
そのお客様はお仏壇の前に置く経机と、回出位牌が古くなってしまったということで、新しい回出位牌を買いにいらっしゃいました。
お客様は70歳程のご婦人で、現在息子さんと2人暮らしという事でしたが、息子さんが仕事でいないという事で、私がご自宅まで回出位牌と経机をお届けに行きました。
経机を仏壇の前にセットし、回出位牌を確認してもらった後、お客様と少々話す機会がありました。亡くなった旦那さんの話になり、その旦那さんは亡くなる直前まで本当にとても元気な方だったようで、今でも亡くなってしまったのが信じられないということでした。
最初に異変に気付いたのは、ある朝の事だったようです。旦那さんは機敏な方で、いつも素早くパジャマを着替えていたのですが、その日は何だかモタモタと大儀そうに着替えていたようです。少し変だなと思いつつも朝食の準備をしていると、その後毎朝の日課として、旦那さんはお仏壇の前で般若心経をあげていたようですが、いつもならもう食卓まで帰ってくる時間なのにいっこうに帰って来ず、奥さんが心配して仏間まで行ってみたところ、旦那さんが「困った、いつまで経っても般若心経が終わらないんだ」と、仏壇の前で途方に暮れていたそうです。
その後朝食が終わり片づけをしていたところ、旦那さんはこれまたいつもの日課通り、新聞を読み、読み終わった新聞はいつもならば綺麗に机の上に置いてあるはずが、乱雑に机の上に広がっていました。
これはいよいよおかしいと、心配したお客様が半ば無理やり旦那さんを病院まで引っ張っていったところ、認知症を発症していたことが分かったそうです。
医者の診断は明確でした。奥さんの年齢を考えると老老介護になる。認知症の患者を常時1人診る際、基準として大人4人は必要だ。つまり現状息子さんがいるものの仕事で常時は不可能。もちろん奥さん1人で診る事も不可能。施設を探しなさい、という事でした。
とはいえ旦那さんの認知症は現段階ではまだ軽度なものでしたし、やはり自分の家が一番ですから旦那さんは最初、施設に入る事を嫌がったそうです。しかし、その後認知症だけでなく他の病気を併発してしまい、結局施設に入る事無く入院になってしまいました。
病気の進行は早く、旦那さんの意識も無くなり、その後「延命」という言葉が出るようになりました。
1977年を境に自宅で亡くなる人の数が、病院で亡くなる人の数を下回り、今も右肩下がりが続いています。つまり約8割の人が病院で最期を迎えています。旦那さんもその1人になりそうでした。
そして、医師はもちろん患者を懸命に治療し、一日でも長く生かそうとしてくれます。その延命処置として「胃ろう」というものがあります。本来は口からものを食べられなくなった患者の胃に、直接栄養を補給する事ですが、認知症を併発した患者に、延命処置として取り付ける事もあります。
実際、お客様は医者に問われたそうです。「延命をしますか?しませんか?」と。
もちろんすぐに答えは出せませんから、しばらく答えを出すまで時間を与えられようです。延命をすればもちろん長生きできます。でも意識が戻る保証はありません。当然延命を続ける限り治療費もかかります。でも、延命をしなければ、確実に旦那さんは死んでしまいます。本当に、本当に究極の選択を迫られた訳です。
結果、どうなったかといいますと、お客様が医者と約束した決断の日の前日に、旦那さんが永眠されました。80歳だったようです。
お客様はいいました。もし、その日まであの人が生きていたら、私はどちらを選んでいただろうか、と。
私はその話を聞き、旦那さんは奥さんの為に、その日が来る前に、奥さんに残酷な選択をさせないために、逝ってしまったような。もう大丈夫だよと、おっしゃったような、そんな気持ちになりました。