日本人墓地と、からゆきさん

こんにちは熊谷墓園石材部の齋藤です。今回は日本人墓地の話をします。日本人墓地とは日本以外の国や地域で亡くなった日本人や、元日本人を葬る墓地のことです。

現在私たちに直接可能性があるとすれば、海外へ旅行中不慮の事故で死亡した場合、日本人墓地に葬られる可能性があるようです。その他には移住や帰化など。時代を遡れば戦争中の戦死者や捕虜。また、19世紀後半に東アジア、東南アジアへ渡り、娼婦として働いた「からゆきさん」と呼ばれた日本人女性が日本人墓地に縁があると言えるでしょう。

少々話が脱線しますが、この「からゆきさん」に関しては正直私はこの記事を書いてる途中に、偶然その存在を知りました。「からゆきさん」とは「唐行きさん」と書き、「唐」とは「外国」を指す言葉です。

ざっと、からゆきさんの概略を言うと、言葉は悪いですが貧しい農民の娘を女衒が買い取り需要のある海外へ売り飛ばすことです。主な渡航先はアジア各地でしたが、当時アジア各国を植民支配していた、欧米列強の軍隊から強い要望があったようです。明治末期に最盛期を迎えますが、国際的に日本の立場が大きくなるにつれ、彼女たちの存在は「日本の恥」として疎まれるようになり、1920年の廃娼令とともに廃止されました。

最も、廃止されたとはいえ、もちろん全員が日本に帰ることが出来きる訳ではなく、そのまま残留した人も少なくなかったようです。家族のために身を売り、その結果国に疎まれ、臭いものには蓋のように時代に消された彼女たちのご冥福を祈ります。

話しはもどしますが、日本人墓地として古いのは14世紀中ごろにあった、アユタヤ(現在のタイ)の英雄、山田長政を頭領とする日本人町の墓地があげられます。

そして今も尚、墓や墓地すらなく葬られている遺体が百万以上あるとされているのが、フィリピン諸島とニューギニア、太平洋諸島です。そう、大東亜戦争の激戦地です。これら戦地には過去何度となく遺族や戦友たちが戦死者遺体収容団や遺骨収容団として足を運んでいますが、戦後70年近く経った今もまだ終わりは来ません。

それでも少しでも多くの戦後が終わるように、一人でも多くの日本人の帰りを願います。「おかえり」と言いたいですからね。

埼玉永代供養墓

前の記事

春の仏事